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村井さんは大学を卒業して4年目だ。
まだ若手社会人と呼ばれる年代だ。
だが、経験はもの凄く濃い。

プロボクサーからビジネスマンへの転身

村井さんは高校1年でボクシングを始めた。
高校3年生の時にプロになった。
大学時代はずっとプロボクサーだった。
「自分でもビジネスマンになると思っていなかったですね。大学卒業してもボクシングやっていきたいなと思ってました。でも、それだと食べていけないんですよ。日本はお金が低い」

就職活動をした。
たまたま出会った会社がとても良かった。
入社を決めた。
それが、アメーバブログ等で有名な、サイバーエージェント社だった。

村井さん写真

「新卒入社は2014年4月ですが、実質的にはその1年前から週5日フルで働いていました。学生でしたが。東京には新卒入社のタイミングで出てきました」

大変に苦労する新人時代を過ごした。
「関西の大学に通ってましたが、入社前の1年間働いていた時に福岡に行ったんですよ。そこで色々やらせてもらいましたが、営業活動とかもしたことがないので、お客さんに”了解です”とか言ってしまって怒られるような、そんなところから始まりました」

入社2年目が終わるころに転職をした。

初めての転職

「株や不動産や為替などの投資にもはまっていて、歴史、経済、宗教と、色々勉強してました。そのなかでお金稼ぎだけじゃなくて社会の課題にも目が向くようになりました。特に自分らの世代は若いので、社会課題をITを使って解決できるビジネスをやりたいと思ってました」
そんななか、ご縁とタイミングに恵まれて転職する。

新しい会社では、遠隔医療と地方創生の事業を責任者としておこなった。
遠隔医療をおこなううち、行政や中央官庁とのつながりも生まれた。
話を聞くなかで、地方創生の事業を立ち上げるに至る。
「医療より雇用のほうが課題感があって、国の予算も来ていました」

公私に訪れた思わぬ出来事

この時期、思わぬことが起こる。
身内の不幸で数千万円の借金を背負ってしまう。

私生活の一方、仕事は順調だった。
「自分で別で立ち上げた会社が順調に伸び、もっと人もお金もほしいし、リスク取ってでも勝負したいという時期でした。なので、2016年の10月くらいにシンガポールで10億円くらい集めてファンドを作ったんです」

また思わぬことが起こる。
「自分の脇が甘かったと思いますが、パートナーに横領されてしまったんです」
個人で4億円ほどの借金を抱えてしまった。

「横領したパートナーが海外逃亡したので、探偵に依頼して探してもらいました。フィリピンにいるらしいことが分かりました。直接交渉に行くことも考えましたが、危険も伴うと思ったので、弁護士や探偵とこれからの進め方を相談することになりました」
シンガポールのオフィスで話をすることになった。

村井さん写真

「ある日オフィスに入ったタイミングで、4人くらいに囲まれてその場で刺されてしまいました」
刺されたとはただごとではない。
「刺されたところはたいしたことなかったんですが、頭を殴打されたところがけっこうひどくて、そのまま数週間意識が戻らずに生死をさまよってました」
意識が戻った時、シンガポールの病院にいた。

「事後にシンガポール警察から聞いた話ですが」
村井さんのお金を持ち逃げした人物がいる。
その人物が、別のところでもお金をくすねて逃げたそうだ。
持ち逃げした人物と、村井さんを襲ったグループは面識が無い。
持ち逃げした人物は村井さんのファンドの自動売買ツールを使っていた。
持ち逃げした人物の仲間と思われたか、見せしめのつもりで襲われたそうだ。
「真実かどうか分かりませんがね」
いずれにしろ壮絶な経験だ。

持ち前の能力で借金を完済する

個人で背負った借金は消えなかった。
「仕方ないので借金返すしかないなと思って、持っていた会社や不動産を売却譲渡したんですが、3億くらい足りなかったんですよ。もう破産ですよねって状態に追い込まれてましたが、25歳で破産は嫌だなと思って」

返す方法が3つあった。
ギャンブルするか。
グレーなビジネスするか。
為替か。
「1つ目か2つ目をするくらいなら破産したほうがいいんで、為替しか自分にないと思って。10億円集めたうちの4億円の返済期限を何とか2か月だけ後ろ倒ししてもらって、為替で運用して2017年の3月に利子もつけて4億円以上返し終わりました」

村井さん写真

為替の能力はもともとあった。
返済期限とメンタルが問題だった。
「返しきった途端に張り詰めていた緊張の糸が切れて物凄い脱力感に襲われました」
税金を払った結果、手元にお金がほどんど残らなかった。
「でも仕事する気力もなかったので、またしばらく為替の運用やったんです」
税金を差し引いても数億円のキャッシュができた。

そのとき、思った。
「何してるんだろう。小金だけ稼いで生きててダサいな」
一生懸命自分なりに頑張っていたつもりだった。
どこかで方向性を間違った。
志しも折れた。
「私利私欲のお金稼ぎに走ったから失敗したなと思いました」
もう一回やり直そうと思った。

現職へ

この出来事の後、一度、大手企業との新会社設立の話があった。
「資金を出しあって新会社をやろうという話になりました。事業内容などもある程度決まったんですが、直前になって”100%子会社でやってくれない?”と言われて断ったら話が立ち消えになりました。同じくらいのタイミングで今の会社に入る話がまとまりました」
現在は、取締役COOとして従事している。

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言葉を失うくらいの波乱万丈な出来事が半年程度の間に凝縮されていた。
「生きててよかったなと思います」
これ以上の言葉は無い。

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村井 慎二(むらい しんじ)さん
1991年生まれ。高校3年時からプロボクサーとして活躍し、大学卒業後にビジネスの世界に飛び込みました。パソコンに慣れておらず「WEBで物を買う人は絶対何か騙されている」と考えるくらいの新人でした。そこからの努力とセンスで力をつけて現在に至ります。株式会社サイバーエージェント、ポート株式会社を経て、2017年10月より株式会社オンライフ取締役COO。

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