平野 雄一(ひらの ゆういち)さん
1979年生まれ。平野コンサルティングオフィスの屋号で営業職向けのコンサルティング事業を行っています。主なクライアントは外資系の生命保険会社のハイクラス営業職の方々。MDRT会員のCOTやTOT(いずれも、生命保険や金融業の営業職のうち成績優秀者だけが入ることのできる世界的な組織です)の会員になった人材も輩出しており、生命保険営業職を育成するプロフェッショナルです。

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平野さんは、個人事業で今のお仕事をしている。
自身を経営者というよりも職人だと考えている。
人を増やして経営に時間を割くより、自分の仕事をしたいと思っている。

仕事は営業職のトレーナーです

クライアントになるのは外資系生命保険の営業職の人たちだ。
彼らはセールスのスキルに長けている。
反面、営業の戦略立案は体系的に習う機会がなかった人たちでもある。
「そういったクライアントに、ご本人の持っているモノに基づいて、最もマッチする営業戦略の立案を一緒に考えていきましょうというのが今やっている仕事です」
7年続けている。

「7年と言っても、最初の3年はかなり苦しみました」
辞めたいと思った時期も何度かあった。
始めは強力なプッシュ系の営業をしていた。
あるとき、マーケティングを大事にするスタンスを取り入れた。
自分の持っているモノの価値を最大限活かしてくれるのが誰かを考えた。
それが外資系の生命保険会社の営業職だった。

自分がダメだと売れない

「わたし昔はほんとにダメ人間だったんです」
学生時代に一家離散。
高校にはギリギリ入学。
成績は奮わず、登校拒否気味になり、何とか卒業。
「世の中の常識や正しいこと正しくないことがよく分からないで社会に出ました」
その当時を“人としてちゃんとしていなかった”と振り返る。
「約束を守れなかったり、常日頃の在り方生き方がダメでした」
独立してから気づいて変わったことがある。
「どんなにいい商品やサービスを扱っても、自分がダメだと売れないんだなということが分かってきて、平生(へいぜい)を正していきました」
平生。当たり前のことを当たり前にやり続ける普段のライフスタイルのことだ。
平生を正したことと顧客を絞り込んだことがうまくリンクした。
3年目で事業が軌道に乗ってきた。

喜ばれるサービスをして事業が軌道に乗る

軌道に乗ってからも試行錯誤は続く。
「外資系の生命保険の営業職の中でも、特に役に立てる層はどこだろうって考えました」
答えは、マンパワーのみで休みなく高稼働し、何とか回して売れている営業職だった。
1000万プレイヤーを2000万、3000万プレイヤーにすることに成功していった。
「収入面のこともそうですが、もっと喜ばれたことがあるんです」
時間のゆとりができたことだった。
契約済みの顧客へのフォローができるようになった。
勉強する時間も取れるようになった。
目先のことに追われずに先々への準備ができるようになった。
「こういうふうになってから、私の事業ももっとうまくいくようになりました」
平野さんひとりのマンパワーでは足りないくらいの人気サービスだ。
「私が育てた営業職が周りの営業職に教えて、いい影響を受けて育っていく、という循環ができるようになりました」
平野さんが直接関わらなくてもメソッドが広まっていく形ができあがっている。

できる人と組ませることで目線を上げる

「入職から2年以内の方からのコンサル依頼は受けないんです」
どんな意図があるのだろうか。
「ベーシックスキルを磨いてほしいからですね」
2年の研修期間が終わり3年目以降になると基本を無視する傾向が出てくる。
そういうクライアントにはジョイントワークの機会を持つように勧めている。
基本を大事にして売れているベテランの営業職との同行だ。
売れていてキャリアの長い人たちが何をしているかを肌で感じられる。
ベーシックスキルのクオリティはもっと上げられると実感できる。
そんな機会になる。
「できている人と組ませることで目線を上げさせられます。これが一番早いです」
口で言うより間違いなく効果的だ。

ジョイントワークすると効果が出る組み合わせをどう見極めているのだろうか。
「プロセスを細かく分解し、どこでつまずくかを見ると分かります」
不得意なものを補い合える人同士をジョイントさせている。

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